月下氷刃
南姫の章






「これ……龍に関する書……?」
頭の中でこれまでの話を統合しようと、遼龍は尋ねた。
龍の子……盟約……龍の力……、
ただの伝説を話しているだけにしては、夏妃から時々発される意識に含まれる緊張は、棘のように遼龍に刺さった。
なによりも、自分が、理解できないそれらの言葉にそれほどの疑いを持たないことが遼龍には不思議だった。
夏妃の朱の唇がまた微かにその端を持ち上げる。
「そういうものも、あるかもしれないわね」
それは、鳴鈴の言葉。
「龍との盟約……って……、……血の呪い……と、いうのは……?」 「書に興味があれば、見に来るといいわ」
あっさりと、質問を無視した答えが返る。
理解できたのは、この部屋はおそらく鳴鈴が私有しているものだということ……。
ここは、夏妃の屋敷ではないのだろうか……。
「夏妃様の屋敷よ……」
耳元で、思考を読んだかのように、鳴鈴が囁く。
「……研究施設は全て私の物……だけれどね……。知っておくべきだわ、あなたもこの屋敷に住むことになるのだから……」
「盟約をすませた龍は……王の元で仕えるもの……。そなたは血の呪いに抗うこともできぬ……」
ほんの小さな囁きが、夏妃には聞こえたようだった。
「さあ、リァォ。この部屋に用はない……おいで」
言って、未だ事を理解しかねている遼龍の手をひく。
向かう先には壁しかないように見えた。
もしくはそこに並んでいる書に用がある……?
いや……それは今、鳴鈴が……そして、夏妃自身が否定したこと……。
考え込んでいる間に、目の前に壁が迫る。
その時不意に、夏妃の腕に力がこもった。
遼龍は、目を閉じる。
少し、叫んだ声が彼女自身の耳に響いた。


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