月下氷刃
北帝の章






小屋の中は暗かった。
扉が閉まってしまうとほぼ何も見えない。
「……ここは……」
「ここはそなたの知る必要のない場所……」
不意に流れてきた声は、明らかに小龍のものではなかった。
低く、嗄れていて、ひどく聞き取りづらい。
その割に聞き逃すことは絶対に出来ないような……そんな、声。
「……とはいえ……小龍がそなたを連れてきたからには事情もあろう。教えぬわけにもいかぬな……」
すっ……と、気配が近づき、ぼんやりと目の前に人影があるのだけがわかる。
「だが、まずはそちらの名を聞かせては貰えぬかな、若いの」
「何故、教えねばならぬ。そちらから名乗るのが礼儀というものであろう」
相手の勝手な物言いに、宗優がそう反発すると、気配は声を出さずに笑った。
「なるほど……帝子の素質はあるようだ」
耳元に言葉を残すと、またすいと離れてしまう。
「……我が名は邑維。龍を庇護する役を負う者……」
「龍を?」
聞き返したのとほぼ同時に、不意に小屋の中央に立てられた燭に火が灯され、室内が少し明るくなる。
ほのあかい小さな炎がゆらめく、その光の中で、小龍を抱きかかえた邑維の姿が宗優にも明らかになる。
声から連想するよりは若い、年齢は五十かそこら。見事な白髪を結って束ねている。
邑維の纏う深緑の衣に護られるように、その腕の中で眠る小龍は体を丸めていた。
髪の色は宗優が初めに見たときと同じ色に戻っている。
「力を使い果たせば龍の子は眠る……。その眠りの間を護ってやるのが我等の役目……」
そう言って、小龍の髪を撫でる邑維の指は本当に愛おしそうに柔らかく動く。
「ひいては帝子、そなたを護ることへもつながる……。私が護るべき相手の、名を、教えては貰えぬかな……?」
それが……出会いだった。>


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