月下氷刃
西王の章






真の闇……とは、このようなものか。
深く深く惑わせるような、そんな闇が町の奥へと伸びていた。
今夜は新月。
家々の明かりは、消えた後。
「良い夜だ……」
李飛龍は数時間前に一度消していた燭に再び火を入れ、寝台から起きあがった。
ぽう……、
深淵なる闇に浮かび上がる、わずかな光。
照らされ、飛龍の目に、静かな透明度を保った精緻な彫り細工が映る。
「ああ、良い夜だとも、大龍……」
目の前に突きつけられた刃と共に、低い声が耳元を撫でる。
「貴様が死ぬには……良い夜だ」
言葉と共に喉元を捕らえようとしてきた刃を指で挟んで牽制し、飛龍は口の端だけを吊り上げて笑う。
「誰が、死ぬんだって?」
そうして微笑さえ漏らした飛龍の瞳は、血のように紅く燃え上がっていた。

「飛……飛龍!飛龍はどこだ!!」
深夜響きわたった爆発音。
突如屋内に膨れあがった熱気に、光覇は起きるなりその名を叫んでいた。
自分に与えられた寝室の分厚い帳を押し開ける。
と、よく知った使用人の腕に、誰かが抱きかかえられているのが見えた。
「飛……!」
駆けより、その少年の顔を確認して安堵する。
いつもの深い眠りが訪れたのだと……、
大丈夫、彼に怪我はないようだ……と。
「小覇王、今の飛に触れませぬよう…。どうぞ寝室へお戻り下さいませ」
少年を抱えた男が、伸ばした腕をやんわりと遮る。
「飛…、」
なお伸ばした指先は、熱した空気に拒まれる。
光覇は肩を落とし、飛龍の燃えるような赤色の髪を眺めた。
「……、明日の朝、目覚めたらすぐに我がもとへ寄越せ」
気怠さの中にそれだけを告げ、男に背を向ける。
血の隔たりはどうしようもなく彼を拒み、それがどうにも悔しかった。


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